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「食べるワクチン」を実現したい。蚕からタンパク質を産み出す九州大学発スタートアップKAICOの挑戦

九州大学の技術をもとに2018年4月に福岡で創業したKAICO株式会社(以下、KAICO)。蚕の体内で自在にタンパク質を作って新薬を開発するという、かつてないビジネスに挑戦しています。

創業後5年目になり、共同研究開発先も増え、人気テレビ番組「ガイアの夜明け」等のメディアにも取り上げてもらえるまでになりましたが、現在に至るまでには様々な困難がありました。

文系サラリーマンがバイオベンチャーを立ち上げた背景、そして困難を乗り越えた方法について、KAICOの創業者である大和建太がお話しします。

世界を変えていく、とは大袈裟でしょうか?

しかし、明治時代の日本にとって最大の輸出品であった日本産の繭は品質が良いということで、とても高価で世界から羨望の的でした。近代化を進める日本の貴重な外貨獲得手段、世界の衣料品質を向上させたもの、それが蚕だったわけです。その後の石油工業の技術進歩や生活スタイルの変化で、日本の絹糸生産の養蚕業は縮小してしまいましたが、その蚕がまた主役になる時代が来るかもしれません。それも未知のウイルスという危機に直面する世界を変えるために。

(KAICO株式会社 研究室)

バイオとは無縁、根っからの文系人間がバイオベンチャーを創業

(九州大学日下部教授(左)と創業者の大和建太(右))

私はもともと関東で育ち、そのまま東証一部上場の大手重機メーカーに就職しました。転勤で長崎に来て、九州の方が住みやすいと感じました。調達の仕事をしていたのですが、その時に出会った取引先の社長さんたちが会社を背負っている姿が非常に輝いて見えて、大手企業の一員としてではなく、そちら側をやってみたいと感じるようになりました。その後決意を固め15年間務めた会社を退職し、1度目の起業をしましたが、うまくいかず、2年後にはまたサラリーマンに戻りました。その後もずっと、もう一度会社を作りたいという思いを抱えていました。そこで、経営を一から学び直そうと九州大学のビジネススクールに通い始めました。大学にはビジネスのシーズがたくさん眠っていることに気が付き、大学内の研究室を訪ね歩くうちに出会ったのが、昆虫分子遺伝子学を専門にする日下部教授でした。日下部教授は、タンパク質を作る遺伝子を組み込んだウイルスを蚕に感染させて、蚕の体内で目的のタンパク質を作る方法を研究していました。蚕は、1頭当たりのコストが数十円と安く、大腸菌などを使う方法では作ることができない複雑なタンパク質をつくることができます。蚕の技術が明快でわかりやすいこと、少量から大量生産まで柔軟に製造体制を作ることができること、そして何より日下部教授自身が商業化に前向きであったことから、この技術でもう一度起業しようと決意しました。

創業前には、市場調査や顧客候補へのヒアリング調査を重ね、蚕で作った貴重なタンパク質は相応の需要があると予測しました。そして蚕はウイルス(これもタンパク質です)の形を上手に作ることが出来ることに気付き、将来は感染症のワクチン、目標はまだ世の中にないノロウイルスのワクチンを世界に届けることにしました。また蚕を世界中の研究者に利用して貰いたいと思い、創薬ベンチャーとして単独で医薬品を開発するのではなく、多くの製薬企業とパートナーを組み、蚕を使って今までに出来なかった医薬品をたくさん生み出すというビジネスモデルにしました。

ところが実際に創業してみると、「面白いね!」と興味を示してもらえるものの、「本当に蚕で医薬品原料なんてできるの?」といった反応が続きます。国内外の主要な製薬会社からは相手にされず、知名度も実績もないスタートアップに対して、医薬品に利用するタンパク質を生産して欲しいという受託をいただける機会はほとんどありませんでした。

パンデミックを前に何もできなかった悔しさ

(TechCrunchでファイナリストとしてプレゼンしている様子)

そのような中、創業翌年2019年には、今では無くなったスタートアップの登竜門である「TechCrunch Tokyo 2019」のファイナリストに選ばれ、1000名を超える観客の前で、「KAICOはパンデミックの時にワクチンを迅速に作ります!」とプレゼンしたのです。まさかその翌年に今の新型コロナウイルスが世界中に慢延し、パンデミックになるなんて想像もしていませんでした。

では、今回のパンデミックにKAICOはワクチンを作れたのか? 

結論から言えば、出来ませんでした。ワクチンの原料となるスパイクタンパク質は、技術導出元の日下部教授が先頭に立って開発され、わずか2ヶ月で完成しました。しかし。。。製薬会社に開発結果を見せてワクチンにしたいと持ちかけても蚕には医薬品としての実績がない。自社ではワクチンを量産する設備もない。結局TechCrunchの時の宣言は空手形になってしまいました。悔しい。。。

このままではいけないと、自分たちの存在意義を問い直しました。外部の製薬会社からの受託案件を待つのではなく、自分たち主導で世の中に必要とされるプロダクトを作らなければいけない。大学の研究成果を使って、まだ世の中にない製品を開発し、事業化するからこそ、大学発ベンチャーの意義がある。それを本気で目指すからこそ、本当の意味でのパートナーや仲間が集まるのだと。

前代未聞!「食べるワクチン」開発への挑戦

(経口ワクチンとなる蚕蛹パウダー)

自社プロダクトの開発に悪戦苦闘する中、突如として私たちの目指すべき方向性が見え始めました。開発中のブタ用ワクチンの原料となるタンパク質が入った蚕の蛹を丸ごとマウスに食べさせてみたところ、注射と同じように抗体価が上昇することがわかったのです。普通タンパク質は口から入れたら消化されてアミノ酸に分解されてしまうので、特別な処理をしない限りワクチン効果が出ません。それなのに蚕だとワクチン効果が出たのです。これは画期的なことで、偶然かもしれないので、次にノロウイルスワクチン原料となるタンパク質が入った蚕蛹を食べさせてみました。すると同様の効果を表れ、「食べるワクチン」の開発に着手する決め手となったのです。これは、実現すれば世界を変えるプロダクトができそうだと。

食べる(経口摂取する)ことで、体内で抗体価が上がる、つまり免疫を獲得することができるワクチンがあったら素晴らしいと思いませんか?そもそも注射が好きな人はいないですね。注射するための医療の人も、そして注射器もいりません。薬のように常温で管理できて、ドラッグストア等で購入し、個人が自分で必要な時に食べて(経口)摂取できます。これなら世界中に届けられます。

また、ヒト用のみならず、動物(家畜)用でのメリットも多大です。注射型ワクチンの場合、畜産農家や獣医師にとって大きな負担となっているのが、家畜1頭ずつに接種すること。また養殖場でも水から1匹ずつ引き上げて1匹毎ワクチン接種していますが、経口ワクチンなら、飼料に配合して食べさせることで投与可能なため、非常に簡便です。

「食べるワクチン」開発を目指す、と決めてからのKAICOは、それまでとは全く異なるスピードで事業展開しています。当初は動物用の注射型ワクチンをメインとしていた開発案件は、液体(注射型)と粉末(経口型)へと広がり、新型コロナウイルスの悔しい経験から次のパンデミックがきてからでは遅いと考え、動物用だけではなくヒト用の開発も進めています。また、これらの自社開発案件を実際に製品化するために必要な製造設備(GMP)についても、約2年間かけて建設しました。

「食べるワクチン」でウイルス抑制に成功

(ブタが経口ワクチンが入った飼料を食べている様子)

食べるワクチンはマウスでは良好な結果が出ましたが、実際の豚でも本当にワクチン効果があるのだろうか、誰でも気になりますよね。そしてどのくらいの量を、どのように食べさせたら良いのか、そもそも豚は蚕を食べてくれるのか?多くの不安と少しの希望を持って、昨年末に実際の豚へ経口ワクチン原料が入った蚕を与えました。今年に入ってウイルスへの感染試験を実施したところ、何も与えなかった豚群は体でウイルス増殖したにも関わらず、蚕を食べた豚群は見事にウイルスが増えなかったのです。そしてウイルスを抑制したことで、体重が増加するという効果も見られました。

この成果を基に、養豚が盛んな国を中心に現地パートナーとの商談を進めています。特に開発途上国では、衛生環境が悪く家畜に感染症が蔓延している地域が多いです。感染症を防いで順調に家畜の体重を増加させることで、養豚農家の生産額の向上に貢献できると考えています。

KAICOは目標が明確になったことで、外部との事業連携も加速しています。動物用経口ワクチンの前段階である飼料添加物では、大手総合商社との資本提携を行い、海外での2023年度販売開始に向け具体的な準備が進んでいます。

(研究室での作業風景)

そしてヒト用ワクチンの開発。食べるワクチンを目指しているとプレゼンすると「蚕って食べて大丈夫なの?」という素朴な疑問を頂くことがあります。それであれば医薬品のワクチンとして出す前に、世の中の人に蚕は食べられますよ、とアピールするために蚕サプリメントを市場に出してみようと考えました。このサプリメントに興味を持って貰った、スタートアップの大先輩であり、食品の製造販売をはじめとしたヘルスケア事業を行う株式会社ユーグレナからも出資をしてもらい、今年の発売を目標に製品開発を進めています。

蚕で世界を変えていく。

創業から4年間は研究開発が中心でしたが、これから本格的な商業化、量産化が始まります。我々のワクチンや医薬品原料の元となるのは蚕です。そのためKAICOの事業が伸長するにつれ、原料となる蚕が億単位で必要となります。現在、蚕の繭のみを原料として化粧品等に使用している企業と提携を行い、廃棄されていた蛹の活用を試みていますが、今後はより多くの蚕が必要となります。

(九州大学の桑畑)

そこで私たちは、蚕は今も昔も変わりなく桑の葉しか食べないため、自治体との連携による「養蚕業の復興」と、蚕の餌となる「桑畑の拡大」について計画を進めています。桑畑を増やすことでカーボンニュートラルに寄与すると同時に、養蚕業を復興させ、育てた蚕をKAICOが買い取ることで収益や雇用を生む。地方創生や耕作放棄地・中山間地の活用に貢献することができる仕組みです。

KAICO株式会社が目をつけた蚕。昔は人々から崇められて「お蚕さま」と呼ばれていた蚕。

また未知のウイルスの危機が直面した時には、このお蚕さまのタンパク質を作るという力で、次こそ世界を変えていきます。

ね、大袈裟ではない気がしませんか?


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